冠動脈疾患の外科的療法の進歩

一CABGの現況一

須磨久善
Hisayoshi Suma

はじめに

 心筋梗塞を未然に防ぎ、狭心症を完治せしめることを目指した冠動脈バイパス手術(coronary artery bypass graft:CABG)が世に出て30年を経過した現在、手術手技は洗練され、術中の心筋保護法は向上し、より安全に、より確実に、そしてより長期にわたって手術効果が得られるようになった。米国においては年問約40万例、全ヨーロッパで約30万例、わが国においても1970年に第1例が行われて以来次第に症例数は増加し、最近では年間1万例以上に施行されている。近年、CABG後の遠隔成績をより向上させるべく内胸動脈をはじめとする各種の動脈グラフトが積極的に使用され、複数動脈グラフトによるCABGも数多くの症例に行われ良好な成績が示されている(1)

 また、CABGの手術侵襲を低減させるべくminimally invasive CABGと称する人工心肺を使用しない手技も広まりつつある(2)。さらに、冠血行再建術(percutaneous transluminal coronary angioplasty : PTCA)やCABGが不可能と判断された末期的冠動脈病変に対して高出力CO2レーザーを用いたtransmyocardial revascularization(TMR)が登場し、その有効性が認められつつある(3)


I
動脈グラフトと静脈グラフト

 CABGに用いられるグラフトのうち最も一般的なものは患者の下肢から採取した大伏在静脈(saphenous vein : SV)であるが、1980年代に入り米国、カナダから術後5〜1O年を経過したSVの開存状態についての報告がなされ、lO年後には約半数が閉塞し、開存しているものの半数にも狭窄所見がみられることが明らかになった(4)。これに対して内胸動脈(internal thoracic artery : ITA)をグラフトとして用いた場合、lO年を経過しても90%以上が狭窄もなく良好な状態で開存し続けることが判明した(5)。この事実は近年、北村ら(6)により日本人においても同様であることが確認され、前下行枝へ用いたSVとITAの10年累積開存率はそれぞれ67%、90%と報告されている。このような背景を基にして現在では最も重要な冠動脈(主として前下行枝)にはITAグラフトを用いることが主流となっている。 Cleveland Clinicからの報告(5)によればバイパス術後10年生存率は前下行枝へSVを用いたもので75.9%、ITAを用いたもので86.6%と有意にITA例が高率である。またSVを使用した場合、ITAに比して10年問に死亡する危険度は1.61倍、心筋梗塞に陥る率は1.41倍、再手術となる率は2倍となるとされている。わが国においても北村ら(6)により術後10年での生存率はSV群で78.1%、lTA群で88.8%とITAグラフトの有用性が明らかにされた。

 2本の動脈グラフトが1本に勝るか否かに関しては2本目のITAによってバイパスされる冠動脈は前下行枝ほどには生命予後に深く関与しない枝であるから、複数動脈グラフトの優位性の証明はかなり困難である。しかし、近年、積極的に複数の動脈グラフトを使用してCABGを行っている外科医たちの中で、複数動脈グラフトの有用性を証明すべく、生存率のみならず、術後狭心症あるいは心筋梗塞発生率、術後のPTCAあるいは再CABG施行率などさまざまな観点から検討が加えられつつある。


II
糖尿病とCABG

糖尿病は主要な冠危険因子であるばかりでなく、カテーテルインターベンションにおける再狭窄危険因子としても重要であり(7,8)遠隔成績も不良である(9)。一方、糖尿病を合併する症例にCABGを行う場合も不利な条件が伴う。すなわち微小血管病変の存在、びまん性の動脈硬化病変(図1)、他臓器障害の合併、創治癒不全、術中術後の血糖値コントロール、バイパスグラフトの質の低下などがあげられる(表1)。最近のBARI Trialからの報告(10)によれば、非糖尿病例に対してCABGを719例、PTCAを734例に行った結果、手術死亡率は1.4%と1.2%、術中心筋梗塞発生率は4.3%と2.2%で有意な差はなく、5年生存率も共に95%と良好であった。一方、糖尿病例ではCABGを173例、PTCAを170例に行った結果、手術死亡率は1.2%と0.6%で共に良好で、術中心筋梗塞発生率はCABG5.8%に対してPTCAは1.8%とやや低かったが7%に緊急CABGを要した。間題となるのは遠隔成績で、5年生存率はCABG群91.3%に対してPTCA群73.1%と明らかに低率であった(図2)。さらに内胸動脈グラフトを使用したCABGと静脈グラフトのみによるCABG、そしてPTCAによる治療の死亡率危険度を比較すると、内胸動脈グラフトを用いたCABGに対して静脈グラフトのみによるCABG葉7.4倍、PTCAは8.1倍の遠隔死亡リスクがあることが示された〔表2〕。以上より、糖尿病を合併した虚血性心疾患に対しては内胸動脈グラフトを使用したCABGを積極的に行うことが第1選択であり、静脈グラフトのみのCABGでは遠隔成績においてPTCA治療群と大差ないことが示された。糖尿病合併例における動脈グラフトの選択の重要性を認識しなければならない〔図3、4、5)




図1.びまん性の冠動脈硬化病変〔59歳男性〕

表1. 糖尿病合併例に対するCABGの問題点

 Small vessel disease
 Diffuse atheroscleroisis
 Extra cardiac complications
 Wound healing delay
 Blood glucose control
 Poor graft quality

糖尿症例に対するPTCA・stent後の再狭窄

Investigator

Diabetic

Non-Diabetic
Margolis, et al (7)

Frid, et al (5)

Carroza, et al (11)
(Palmaz-Schatz stent)

32%
(n=125)
57
%
(n=89)
55%
(n=40)

16%
(n=1300)
40%
(n=615)
20%
(n=190)


〔文献10より引用〕

表2.糖尿病と冠血行再建術 - BARI TRIAL -

Cardiac Death Rate

N

n

%
Diabetes
 IMA grafting
 SVG only
 PTCA


140
33
170


4
8
35


2.9
18.2
20.6
Others
IMA grafting
SVG only
PTCA


588
130
734


27
7
35


4.6
5.4
4.8


Type of TX.

Cardiac mortality risk

IMA-CABG
SVG-CABG
PTCA

1
7.4
8.1



Charctristics

Diabetes

Others

CABG

PTCA

CABG

PTCA
No. of patients
Operative death (%)
QMI (%)
Emergent CABG (%)

173
1.2
5.8
0

170
0.6
1.8
7.1

719
1.4
4.3
0.1

734
1.2
2.2
6.1

〔文献10より引用〕


図3.CABG 11年後のVeingraft disease
(75歳女性〕

図4.CABG 10年後のITAグラフト
〔68歳男性〕



文献

1.

Suma H : Newer arterial coronary bypass conduits : Right gastropiploic artery and epigastric artery. In coronary artery graft disease : mechanisms and prevention, ed by Luscher TF, Turina M and Braunwald E. Springer Verlag, Heidelberg-Berline-New York. 70 -83, 1994

2.

Calafiore AM, DiGiammarco G, Teodori G, et al : Surgery for acquired heart desease : Midterm results after minimally invasive coronary surgery (Last operation). J Thorac Cardiovascu Surg 115 : 763-771,1998

3.

Horvath KA, Cohn LH, Cooley DA, et al : Transmyocardial laser revascularization : Results of a multi-center trial using TMLR as sole therapy for endstage coronary artery disease. J Thorac Cardiovas Surg 113 : 645-654, 1997

4.

Grondin CM, Thornton JC : The natural history of saphenous vein grafts. In Coronary artery graft disease, ed by Luscher et al, Berlin, Springer Verlag, 3-15, 1994

5.

Loop FD, Lytle BW, Cosgrove DM, et al : Influence of the internal mammary artery graft on 10 year survival and other cardiac events. N Engl J Med 314 : 1-7, 1986

6.

北村怱一郎、河内寛治、川田哲嗣、他:内胸動脈冠状動脈バイパス術による術後10年生存率及び心事故発生率の改善。日本外科学会雑誌 97:202-209、1996

7.

Margolis JR, Krieger R, Glemser E : Coronary angioplasty : Increased restenosis rate in insulin dependent diabetes. Corculation 75 (Suppl II) : II-175,1984 (abstract)

8.

Frid DJ, Fortin DF, Gardner LH, et al : The effect of diabetes on restenosis. AM Coll Cardiol 17 (2) sd : 268, 1991 (abstract)

9.

Stein B, Weintraub WS, Gebhart SSP, et al influence of diabetes mellitus on early and late outcome after percutaneous transluminal coronary angioplasty. Cirlculation 91 : 979-989, 1995

10.

The BARI Investigatorts : Influence of Diabetes on 5-year Mortality and Morbidity in a Randomized Trial Comparing CABG and PTCA in Patients With Multivessel Disease : The Bypass Angioplasty Revasculariation Investigation (BARI). Circulation 96 : 1761-1769, 1997

11.

Carrozza JP, Kunts RE, Fishman RF, et al : Restenosis after arterial injury Caused by coronary stenting in patients with diabetes mellitus. Ann Intern Med 1187 : 344-349, 1993
 (「Diabetes Frontier Vol. 10 No.3 1999.6」別冊 メディカルレビュー社より)




ホームページへ