検討進む移植までのつなぎ治療

寝たきり患者にも社会復帰の可能性


 臓器移植法の施行から半年が過ぎた4月16日現在,国内における臓死者からの臓器提供は1例も実現していない。こうした状況の中,心臓移植の適応となる拡張型心筋症に対し,左室心筋の一部を切り取るバチスタ手術や,成長ホルモン療法などの新しい治療法に着手する施設が増えている。いずれも,症例によっては目覚ましい回復をみせているようだ。移植のめどが立たない恵者や,移植に踏み切れない患者に対して福音となるのだろうか。

バチスタ手術,ドール手術

「悪くなった心筋の一部を切り取って左室を小さくすれば,収縮カが回復する」という大胆な発想から生まれた術式。世界的な移植臓器不足を背景に普及が進み,世界中で約1000例に施行されているとみられる。治る心筋と治らない心筋の見極めが,今後の課題だ。

 拡張型心筋症のため,2年間病院のベッドに寝たきりだった54歳の男性患者が,湘南鎌倉総合病院でバチスタ手術を受けてから1年が経過した。現在ではパイクの運転ができるまでに回復したという。(写真はバチスタ手術中のバチスタ氏(左)と須磨氏(右):バチスタ氏が手にしているのは切り取った心筋)

 バチスタ手術とは,拡張した左室の心筋を一部切り取って正常に近い大きさに戻すことにより心臓の機能回復を狙う術式で,ブラジルのランダス・バチスタ氏が考案した。バチスタ氏が手術を始めた1980年代は全く注目されなかったが,心臓移植施設として有名な米国のクリーブランド・クリニックが積極的に取り組むようになったことから,この2〜3年で世界的に広まった。これまでに,バチスタ氏自身によって500人以上,世界では1000人前後の患者に手術が行われたと見込まれる。

 国内では湘南鎌倉総合病院が,96年12月以降22人にバチスタ手術を行った。現在そのうちの16人が生存している。心臓移植施設である国立循環器病センターや阪大など,全国約10施設で行われており,国内の症例数は少なくとも30例を超える。98年1月からは診療報酬点数(3万1500点)がつき,普及に弾みが付きそうだ。また厚生省は,98年度の特定疾患調査研究の一環として,バチスタ手術の有効性の評価に乗り出した。

 湘南鎌倉総合病院の手術成績によると,心臓の収縮能の指標となる左室駆出率は平均19%から30%に改善(健常者は60%〜70%),NYHA心機能分類(注)は平均3.5度から1.7度にまで改善したという。これは,心不全の一般的な薬物治療だけで管理できるレベルにまで回復しているということだ。

(注)NYHA心機能分類:心機能を運動量による動悸,呼吸困難,狭心痛などの出現の有無で1度から4度に分類する方法。

1度:心疾患を有するが,症状を伴わない。普通の身体活動によって疲労,動悸,呼吸困難,狭心症を起こさない。
2度:安静時には無症状だが,普通の身体活動によって症状が出現する。
3度:安静時には無症状だが.普通以下の身体活動により症状が出現する。
4度:安静時にも症状が出現する。

変わる拡張型心筋症の常識

 これまで,心室が拡張するのは,心筋の線維化が進んで収縮カが低下するのを補う代償機能であるという考えが大勢を占めていた。しかしバチスタ氏の発想は全く逆。心臓が大きくなったために心筋は伸張した状態を強いられ,その結果心臓の動きが悪くなるのではないかと考えたのだ。心室を小さくして心筋の“張り”をゆるめてやれば,心筋は厚みを増し,収縮力を回復するという(図1-A)。バチスタ手術の好成績は,拡張型心筋症の常識を覆すものだ。

 実際,湘南鎌倉総合病院の症例では,術後の左室径が小さくなるとともに心筋の厚みは増し,動きもよくなっている(図2)。同病院の院長で術者でもある須磨久善氏は「拡張型心筋症の場合,最終的には心筋が線維化する。しかし,その過程には,徐々に線維化が進むパターンと,心筋が単に伸張した段階を経てから線維化するパターンがあるのではないか。線維化がそれほど進んでいない段階でバチスタ手術を行えば,心機能が改善する見込みは大きい」と考えている。

図1バチスタ手術とドール手術の手順

2 バチスタ手術における術前術後のMモード心エコー図:左室拡張末期径は小さくなり,中隔の厚みも増している。術後の心エコー図で,心筋が液状に見えるのは,左室がよく動くようになったため。

絞り込めない適応症例

 ただし,いつ,どのような患者に対してバチスタ手術を行うべきかについては,未知の部分が多い。バチスタ手術の適応になるのは,「左室の拡張末期径が7cm以上で,患者の自覚症状がNYHA心機能分類の3度から4度」(須磨氏)というのが一つの目安になる。しかし適応を決める上で最も重要な,収縮力の回復が見込める心筋かどうかの見極めが,現在の診断技術では困難であるといった問題も残されている。

 須磨氏は,「β遮断薬が効かなくなり,入退院を繰り返すようになったら,早めに相談してほしい。病状が安定している時期ならば,手術のリスクは他の心臓手術と同じ」と強調する。湘南鎌倉総合病院の例では,22人中6人が死亡しているが,そのうち5人までが,予定した手術日を待たずに状態が悪化し,緊急手術を行った症例だったからだ。手術の予定日に手術を行うことができた16人の中で,死亡したのは1人だけだった。

 しかし,阪大第一外科教授の松田暉氏は,「患者にバチスタ手術を説明しても,なかなか手術を受けたいと言わない」と話す。ある程度病状が安定している時が手術を行うのに適した時期でもあるのだが,患者は,「手術のリスクや,必ずしも奏効するわけではないこと,長期予後がはっきりしていないことなどの理由から,手術に踏み切れないようだ」(松田氏)。5人の移植待機患者のうち,入院中の2人にバチスタ手術の説明をしてみたが,患者の出した結論は「移植を待つ」だった。

虚血性心筋症にはドール手術

 虚血性心筋症にはドール手術現在日本では,心臓移植の適応を拡張型心筋症に限っているが,高齢化が進む昨今,心筋梗塞の終末像とも言える虚血性心筋症も増える一方だ。虚血性心筋症の場合は,冠動脈が2枝も3枝も狭窄している影響を受けて,心室中隔にまで心筋の壊死が及び,左室全体が拡張しているケースが多い。このため,左心室の心筋のみを切除するバチスタ手術は適さない。そこで行われるのがドール手術だ。

 ドール手術では,心室を切開して壊死した心筋と王常な心筋の境目に糸をかけ,巾着のように搾り込み,正常な心筋のみで左室を形成する(図1‐B)。モナコのビンセント・ドール氏が考案した。新しい術式であるが,心筋梗塞に対する心筋切除術として保険が適応される。診療報酬点数は,バチスタ手術と同じく3万1500点。須磨氏らは48歳から79歳までの21人にドール手術を行ったが,左室駆出率は平均26%から41%に,NYHA心機能分類は平均3.4度からl.3度に改善した。平均3.2枝のバイパス手術も同時に行う大手術だったが,院内死亡は21例中4例で,緊急手術がうち3例を占めた。退院後の死亡は3例ある。

 バチスタ手術もドール手術も,十分な実績を積んだとは言えない。しかし,移植を必要とする潜在的な患者のみならず,現時点では移植の対象疾患とならない虚血性心筋症の患者,移植の対象外となる高齢者,移植候補のリストに載るまでに死んでしまうような患者も,「これら術で救える期待は大きい」(須磨氏)。

補助人工心臓

 慢性心不全の急性増悪に対して用いられるが,離脱に成功して社会復帰を果たした例もある。欧米では,移植までのつなぎとして用いられる例もあるが,日本では,つなぎ治療としての使用は保険適応外である。

 埼玉医大では,今日明日にも死にそうという末期的な拡張型心筋症の患者8人に対し,心臓のはたらきを助ける補助人工心臓を装着してきた。このうち,埋込型の補助人工心臓を6カ月間装着した19歳の男性では,補助人工を外せるまでに症状が回復したと,3月の日本循環器で同大学総合医療センター心臓外科教授の許俊鋭氏らが発表した。体外設置型の補助人工心臓では,国立循環器病センターで2例の離脱例があるが,埋込型での離脱は,今回が国内初となる(写真2)。

 この患者は4年前に拡張型心筋症と診断されていた。薬物治療が次第に無効となり,日本循環器学会も心臓移植適応と判定したほどである。その通知を受ける直前の97年9月,様態が悪化したため補助人工心臓を装着した。と左心室は徐々に小さくなり収縮力も回復,装着前68%あった心胸比が,98年2月には50%にまで縮小した。(写真3)。

 装着から約半年が過ぎた98年3月,補助人工心臓の装着を原因とする感染症による発熱がみられたこともあり,補助人工心臓を外した。装着前は寝たきりの状態であったが,現在は内科的治療のみで,院内を歩き回れるほどに回復した。

 

緊急非難的措置

 しかし許氏は「心不全治療のルーチンの中に,補助人工心臓を入れてはいけない。補助人工心臓は,あくまでも最悪の時の緊急避難である」と強調する。埼玉医大で補助人工心臓を装着した8人のうち,6人は装着後14日目から69日目に死亡している。離脱できた19歳男性の場合も,装着中は50%にまで落とせた心胸比が,離脱直後は60%にまで拡大した。心筋を休ませた効果がいつまで持続するかは,わからない。

 国立循環器病センターの場合も,補助人工心臓は,「慢性心不全の急性増悪が適応。外せる見込みがあることを前提にしている」と,内科心臓部門部長の宮武邦夫氏は話す。同センターで補助人工心臓の離脱に成功したのは,17歳と19歳の男性(いずれも当時)。両者とも3カ月程度体外設置型の補助人工心臓を付けていた。臨床症状はNYHA心機能分類の4度から2度程度にまで改善し,17歳の男性は離脱から3年,19歳の男性では1年半以上経過した今も,症状は悪くなっていないという。

 埼玉医大と国立循環器病センターの離脱例に共通するのは,いずれも若い男性ということだけである。どのような症例で心機能が改善するのかについては,「遺伝や心筋、からくる突発性の拡張型心筋症は,とりわけ未知の部分が多く,その中には心筋を休ませることによって回復が見込める場合もある」(許氏)としか言えないようだ。

 欧米では,移植までのつなぎとして補助人工心臓を付けている症例も多く「ドイツでは移植待機患者の約半数が補助人工心臓を付けている」(許氏)。しかし日本では,移植までのつなぎ治療として補助人工心臓を使うことは,保険適用外になっている。

成長ホルモン療法

 メカニズムに不明な点は多いが,効く人には効く最新治療法。内科的治療の最終手段として,試みが始まった。副作用や長期予後の問題などが残されているが,内科的な治療だけに患者の心理面でのハードルは低い。

 成長ホルモンは筋肉や骨を増強する作用があるので,心筋も増強するのではないかという仮説のもと,成長ホン療法は生まれた。96年にイタリアのセラフィノ・ファジオ氏らが,この治療法で拡張型心筋症患者の心機能が回復したと報告したことを受けて,国内でも取り組みが始まった。

 大阪医大では,通常の内科的治療が無効となった6人の拡張型心筋症患者に成長ホルモンのソマトロピンを投与したところ,3人で心機能の回復が見られた。そのうち2人は,治療後1年が経過しようとしている。治療を行った第三内科講師の諏訪道博氏によると,いずれも経過は順調で,「50代の男性は,妻が仕事を持っているので“主夫”として,家事の全てをこなせるようになったと,うれしそうに話している」(諏訪氏)という。

 国立循環器病センターでも,3人の患者に対して成長ホルモン療法を行い,30代男性の1例で効果があった。NYHA心機能分類は4度に近い状態から2度にまで改善し,左室径は小さくなり,左室壁も厚みを増した。この患者は,拡張型心筋症と診断されて6〜7年通院と入退院を繰り返しており,成長ホルモン治療を始める1年前からは,強心薬に依存する末期的な症状であった。ところが治療終了から約半年経った今では無事に社会復帰を果たし,フルタイムで働いている。

 上記2施設では,イタリアのグループが行った方法にのっとり,一定量の成長ホルモンの注射を,隔日で3カ月間投与する方法をとった。しかし,最適な投与量や投与期間は未知数。成長ホルモンの細胞増殖作用が,腫瘍の増悪を招くことが心配されるため,癌を合併する患者には適応できない。まだまだ始まったばかりの治療法であり,副作用や長期予後の問題など,検討課題は山積している。

 どの新治療法も,心臓移植を補完することはできても,現時点で移植にとって替わるのは難しそうだ。


 日本循環器学会によると,心臓移植を必要とする患者数は国内に常時500人前後存在するという。しかし,日本臓器移植ネットワークに登録している心臓移植待機患者はたったの10人。5人の待機患者を抱える阪大の松田氏は,「いつ現れるかわからない臓器提供者を待つ,患者の心理的不安は大きい」と,遅々として進まない移植医療の現状を語る。

 仮に心臓移植が行われたとしても,臓器不足が予想される。これらの新しい治療法も,心臓移植と並ぶ選択肢になり得るように,十分な検討を重ねておく必要がありそうだ。

                    (小山千穂=日経シニアビジネス)

Nikkei Medical1998年5月号より転載)



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