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従来の治療法では心臓移植を待つしか助かる道はない、とされていた拡張型心筋症。ところが、湘南鎌倉総合病院の須磨久善院長(心臓血管外科)は、拡張した心筋の一部を切り取るという、大胆な手術に改良を加え、ほぼ確実に患者さんの命を救う方法を開発した。そこで今回は、須磨先生にその「心臓縮小手術」についてうかがった。 |
膨らんだ心臓は縮めればいい
拡張型心筋症というのは、心筋が弱って特に左心室が大きくなってしまう疾患。正常では握りこぶしほどの心臓が、メロン程度にまでに大きくなってしまう。そうなると徐々に心臓の動きは悪くなり、やがて心不全に陥る。多くの患者が、5年以内に死亡するという深刻な病気である。
須磨先生は、こう語る。
「拡張型心筋症に対する治療は、薬が効かなくなれば、あとは移植しかない。内科治療の限界と臓器移植との間が、あまりに遠すぎる。その間に何か方法があったらいいのにと、心臓外科医はみな考えていました。そのひとつがこの心臓縮小手術です」心臓縮小手術は、大きくなったことが心臓に負担をかけているのなら、小さくして負担を軽くすればいいのでは、という発想から生まれた方法だ。「バチスタ手術」と「ドール手術」とがあり、どちらも考案した外科医の名前がついている。
バチスタ手術とは、図1のように、左心室の心筋の外側の部分を1/3ほど切り取って縫い縮める方法。一方ドール手術(図2)とは、左心室を間仕切りし,使わない部屋を“空かずの間”にしてしまい、使う方の部屋を小さくしようという方法。いずれの手術も患者さんが日常生活が出来るまで回復し心臓移植を免れたなど、ある程度の効果をあげた。
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| 図1 バチスタ手術 心筋の外側を切り取って縫い縮める | 図2 ドール手術 心臓中隔が悪い場合に用いる |
バチスタ手術は、1980年代にブラジルの医師が考案し、アメリカやヨーロッパではかなりセンセーショナルに取り上げられた。バチスタ医師自身も精力的に全世界を回って、この手術をした。発想や術式がかなり大胆だっただけに注目度も高く、その登場はかなり華やかだったという。ところが、この手術を受けた患者さんの約半分が死亡してしまった。周囲の期待が非常に大きかっただけに、落胆も大きく、一気にこの手術はダメだと否定されてしまった。しかし、須磨先生の考えは違っていた。
「バチスタ手術によって元気になった人がいるのは事実です。半分死ぬからこの手術はダメだというのではなく、半分は助かるという事実と、ほかには何も方法がないという現実の方を直視すべきだと思いました。助からなかった症例については、原因をひとつひとつ明確にしていき、それを除外していけばきっと、成功率を100%に限りなく近づけることができると考えました」
"須磨式"心臓縮小手術の誕生
須磨先生がバチスタ縮小手術の誕生手術を日本で初めて行なったのは1996年12月。ごく最初の頃は、やはり半分程度の成功率だったという。その原因に関連して、先生はある発見をする。
「手術をするときは人工心肺を使います。循環を機械に任せて、心臓の負担を弛めてやると、余力を残している心筋の部分は、グッグッと動き始めるんです。でも本当に悪くなっているところは、グターとして動かない。術前の検査では、心臓全体がパンパンに張っていて、全部が悪いように見えてしまうんですが、実は悪くない部分も残っているということがわかったのです」(図3)
バチスタ手術では、どんな場合でもおよそ決まった部分を切り取るのだが、もし悪くなっていない部分を切ってしまい、悪い部分が残ってしまったとしたら、いくら手術をしてもよくならないではないか、と先生は考えたのである。
カラーキネシスという最新式の超音波検査装置の登場が、この事実をよりわかりやすくした。カラーキネシスは、心筋の動きの大きさをカラー表示する装置。これを手術中に心臓が“弛んだ”状態の時に使うと、よく動いている部分=まだ元気な心筋と、動きが悪い部分=悪くなっている心筋とが区別できる(図4−A,B)。その所見に基づいて、悪くなっている部分だけをどう切ってどう縫い縮めるか、バチスタとドールのどちらを使うかを判断して手術をする。これがいわば“須磨式”心臓縮小手術(正式名称じゃないので注意)である。バチスタ、ドールの両医師から、直接それぞれの手術方法の指導を受けた須磨先生だからこそ、できたことかもしれない。
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| 図4−A バチスタ手術前後 心臓超音波カラーキネシス 青色は拡張期、黄色は収縮期の動きをみている。動きがよいほど、色の幅が大きい。動きの悪い矢印の部分を切除した。手術後心臓は小さくなり、全体に動きがよくなった。 |
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| 図3 心臓模型を手にして、左心室の縮小法を説明 | 図4−B 心筋標本 弱った心筋 |
1998年の春頃から、須磨先生のところではこのカラーキネシスを使った心臓縮小手術を行なっているが、それ以来なんと、1人も亡くなった患者さんはいないという(図5,6−A,B)。
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| 図5 手術の様子 | 図6−A 手術の様子 |
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最初、成功率が上がらなかったもうひとつの理由は、対象となった患者さんの状態であった。
「当初は、本当に末期状態の患者さんにも、どんどん手術をしました。ある意味では仕方なかったんですね。何の実績もなく、先も見えない、そのうえとても激しい手術です。患者さんやご家族、主治医である内科医も、相当悪くならないと、この手術を受けてみようか、という決心はつきませんよね。でも、そういう状態の患者さんだと全身状態も悪いから、心臓が少しよくなったくらいでは助からなかったのです。」
須磨先生にとって、さぞや辛い時期だったことだろう。
「死の1歩手前という本当の末期状態ではなく、10歩も20歩も手前の状態の患者さん、つまり心臓は多少弱っているけれど全身状態はまだ大丈夫、という人にこの手術をするようにしました。そうしたら90%以上の確率で助かった。それに、患者さんの心臓の機能も明らかに改善したことを確認できたんです(図7症例参照)」
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| 図7 バチスタ手術を行った症例。56歳、男性。左:手術前、中央:術後一ヶ月、右:術後6ヶ月。術後一年目においても、左室の再拡大は認められない。 |
須磨先生は、さらに言う。
「バチスタ医師やドール医師が始めたこの手術も、悪いところだけを、最も適した方法で手術するという見極めや、患者の状態を十分に検討して適応を選ぶことで、かなり高い成功率を望めることが明確になりました。そういう意味で、この手術は今や第2段階に入ったと考えています」
看護婦と外科医のコンビネーション
心臓の手術における外科医と看護婦の関係はとても密接だと須磨先生は言う。
「心臓の手術は時間が勝負です。他の領域の手術よりも、かかる時間が短ければ短いほどいい結果が出ることは明らかです。時間短縮には、もちろん外科医のスキルも大切です。でも、器械を出す看護婦さんがその方法を熟知していること、そして外科医と看護婦が“阿吽の呼吸”で手術ができることがいちばん重要です。手術はリズムですからね。外科医がジルバを踊っているのに、看護婦がワルツではダメなんですよね」と先生は笑った。
外科医と絶妙のコンビネーションで手術が進み、いい結果が出たとしたら、担当の看護婦も“うまくいった”という快感を共有できることだろう。心臓の術後の患者さんは、突然悪くなる危険性がある。だからICUや心臓外科病棟の看護婦は、自分で判断して行動できる能力を求められる。「明朝、先生が来てから判断を仰ぎましょう」というのでは、間に合わないわけだ。
「ここでは、医者、看護婦というテリトリーはありません。判断や行動は、医者も看護婦も同じスタンスでやりましょうと指導しています。看護婦がしたことに対して“出すぎたことをして”なんてことは絶対に言いませんよ(笑)」
また、先生はこう付け加えた。「こういう難しい手術を最初から掘り起こし、磨き上げ、ここまで育てて来られたのは、本当にすばらしいチームメイトに恵まれていたからです」
普及への努力と心臓病センターの構想
199年1月、心臓縮小手術は保険適応となった。適応前は、7−800万円以上もの治療費が必要だったため、諦めざるを得なかった患者さんも多かったはず。しかし今では、ほかの心臓の手術と同じくらいの10万円程度で受けられる。
須磨先生が日本で初めてこの手術をしたのが1996年だから、厚生省の認可は異例の早さといっても過言ではない。臓器移植はなかなかスタートしないし、その一方で患者さんは待ってはくれない。それだけ深刻な状況だったといえるだろう。
取材を実施した99年5月7日現在、湘南鎌倉総合病院で行なった心臓縮小手術は、ドール手術が60例、バチスタ手術が40例以上で、ついに100例を突破した。一方他の病院の実績は、2番目に多いところでも、まだ4〜5例だという。しかし、今後は、確実に普及していくことだろう。この手術は、心臓移植までのつなぎとして意味をもつばかりでなく、これだけで十分に回復が望める手術である。臓器移植がなかなか進まない日本においては、かなり頼もしい“頼みの綱”となることは間違いない。
須磨先生は、手術をした個々の症例についてしっかりとデータをまとめ、厚生省や国内だけでなく、全世界の学会を通して報告している。また、日々改良を統けているこの手術の方法論や、適応についての“方程式”もできつつあるという。拡張型心筋症の患者さんのためにこの手術を普及させるべく、忙しいなかでも努力をいとわない。
心臓外科医はF1レーサーみたいなものだと、先生は言う。
「普通免許(医師免許)をとったからといってすぐにF1マシン(高度な心臓手術)に乗れるわけじゃない。ある程度以上のスキルや個性、努力などがあって初めてF1に乗れる。優れたマシンと、それを支える高性能のチーム、それに適したサーキットが揃ってこそ、すばらしい結果が出るのです。高性能のチームには、看護婦の能力が重要です。心臓外科に興味とやる気がある看護婦に、十分な教育と熟練の機会が与えられ、かつその専門性をいかした勤務体制をとることが理想ですよね」とも。
“サーキット”とは病院のこと。湘南鎌倉総合病院では、2000年の夏、神奈川県葉山町に心臓病専門のセンターを新設する計画が進んでいる(図8)。ドール医師のいるモナコ心臓病センターをモデルに、先生は“居心地のいい病院”をつくりたいのだという。
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全室から目の前の海と富士山が見渡せるという素晴らしい環境 |
「居心地というのは、働く人にとってのこと。働く人があらゆる意味で快適ならば、患者さんに対しても、ゆっくり話を聞こう、暇だからちょっと患者さんに会いに行こう、という気持ちが生まれるでしょう。本当の意味で暖かい医療やサービスを提供するために、居心地のいい病院を作りたいのです」と須磨先生。
こうあらねばならないという義務感から作り笑いをしても、そんなことは続かない、という先生の言葉が胸に響いた。
看護学生へのメッセージとして
読者のみんなは、この手術に日常的に接することはまだないかもしれない。けれど、この手術が有効なものであることだけは、理解しておいて欲しいと、須磨先生は言った。
最後にとても印象に残ったお話を紹介したいと思う。
「手術は外科医が愛情をもって育てるもの。これは絶対にいい手術なんだ、と信じることで、その手術が育っていく。そして今度はその手術が、こんな人も助かるんだよと教えてくれる。患者さんや家族が喜んでくれると、外科医も嬉しくなって、また元気に頑張る。そういうサイクルのなかで、手術は完成品になり、世の中に認められるようになる」
自分が心から愛情を注げる仕事について語る先生の笑顔は、本当に素敵だった。
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須磨先生の経歴 須磨久善 湘南鎌倉総合病院院長兵庫県生まれ。 ●須磨久善院長のホームページ http://www.Netlaputa.ne.jp/~HisaSuma/index.html |