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Best Doctors Interview
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須磨 久善
心臓外科医 心臓血管研究所スーパーバイザー |
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コミュニケーション能力を重視することが名医の近道
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| 財団法人心臓血管研究所のスーパーバイザーを務める須磨久善氏は 現在までに冠動脈バイパス手術を2000例以上も経験し、1986年には世界初の胃大網動脈グラフトを活用したバイパス手術を成功させた。その他にも、バティスタ手術のパイオニアとして知られている同氏に「名医の条件」について聞いた。 | |||||||||||||||
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− 術式を改良することは先駆者の使命・義務 −
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| 現在の医療技術、特に外科系の技術の進化は非常に早く、旧来からの優れた術式であっても、改良を加えなければ時代のニーズには追いつかなくなってしまいます。そして「ベストドクター」は医師が医師を選ぶという選出方法であり、多くの医師から選ばれるとなると実施している医療サービスの内容が、時代のニーズに相応していなければならないと思います。私は一人でも多くの患者さんを救うため、新しい術式の開発、旧来の術式の改良を率先して行い、多くの術式を進化させる努力をしてきたと自覚しています。 私の医師人生はまさに挑戦の連続でした。初めての術式を実践する際は、やはり大きなプレッシャーがかかります。しかしその術式は昨日、今日思いついたわけではなく、関連する論文や研究の報告書を熟読し、じっくりとイメージをつくりあげてきたものです。ですから、実際にやり始めると、自分のこれまでの修錬を信じて行うしかありません。さらに、考え抜いて編み出した術式は、自分の子とものようなもの。愛情を持って改良を加えていかなくては、その子どもは育ちません。術式の改良を行うのもパイオニアとしての宿命であり、義務です。これらの活動における功績が皆さんから認められたのではないでしょうか。 |
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− 医師同士の情報交換の円滑化は名医の条件の1つ −
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| 私が「ベストドクター」を選ぶとしたら、二つの条件が基準となります。一つはやはり医師である以上、正しい診断と選んだ治療法を確実に実行できる能力が備わっているということ。そのうえで、コミュニケーション能力が重要な基準となります。患者さんとの対話はもちろん、医師が「ベストドクター」(医師)を選ぶ際には、医師同士のコミュニケーションを円滑に行えるという点を重視します。患者さんを紹介した場合、治療方針や術後の経過なとの情報を提供してくれなければ、アフターケアを充実させることはできません。ところが、どのように患者さんの状況を伝えればよいのかをわかっていない医師が多い。一方、それらをわかっている一部の医師は、世間からも「名医」と呼ばれています。この基準は「ベストドクター」の選定だけでなく、全診療科共通の「名医」の条件の一つだと言えるでしょう。 | |||||||||||||||
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− 判断の正確性とスピードは外科医にとって重要な素質 −
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| また「名医」の資質は診療科目によって異なりますが、そのなかでも外科医は特殊です。患者さんに対する責任感はすへての医師に必須の資質ですが、外科医は患者さんの身体にメスを入れるということを考慮すれば、他の診療科に比ベ、その責任はけた違いに大きい。それを自覚しなければ、外科医はできません。 さらに、外来で患者を診察する際にも、術中にも優れた判断力が不可欠です。そのうえ、その判断力には正確性に加え、スピードも要求されるわけです。瞬時の判断ができなければ、術中も他のスタッフを引っ張っていくことができません。しかし、このスピードだけは生まれ持っての個人差があり、しかもトレーニングで身に付くものではない。多くの医師を見てきましたが、判断に時間がかかる医師は、いくら急がせても早くなりません。どのような場面でも、的確な行動を即座に行えることが、名医と呼ばれる外科医にとって、もっとも重要な素質と言えます。 また医療というものは、対人問係が重視される職業の最たるものであり、コミュニケーション能力が大事だと認識しなければ「名医」にはなれません。コミュニケーション能力を磨く機会は二四時間あるわけですから、若手医師は相手の話を聞いて、時分の考えを簡潔に述べるというトレーニングに日夜励むべきでしょう。 |
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1974年、大阪医科大学医学部卒業。
74年、虎の門病院に入局。米国ユタ大 学、ローマカトリック大学への留学を経 て、96年、湘南鎌倉総合病院副院長に 就任。98年、同院院長に就任。 2000年、葉山ハートセンター院長。 その後 同院名誉院長などを経て、05年 4月財団法人心臓血管研究所スーパー バイザーに就任、現在に至る。 |
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ばんぶう 2005年10月号
Best Docters Intervie より |
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